【Best Solution Award受賞】徹底したユーザー理解が体験設計のカギ。「しゅくだいやる気ペン」商品開発の裏側 | Gamification Award 2025
コクヨの「しゅくだいやる気ペン」は、取り組んだ宿題の量に応じてすごろくを進め、アイテムを獲得できるIoT文具です。市販の鉛筆に取り付け、スマートフォンアプリと連動させることで、勉強への取り組みを“やる気パワー”として見える化し、子どもの学習意欲を高めます。「宿題」をゲーミフィケーションで“親子ともにwin-win”な体験へ変えた革新的なIoT文具であることが評価され、『Gamification Award 2025』のBest Solution Awardを受賞しました。
「しゅくだいやる気ペン」の受賞詳細はこちら:https://gamification-lab.com/award/2025/1/
しかし、商品開発をけん引したコクヨ株式会社イノベーションセンター やる気ペンユニットの中井 信彦さんは「ゲーミフィケーションという言葉を意識したことはなかった」と語ります。しゅくだいやる気ペンはどのような経緯で、どんなことにこだわって開発されたのでしょうか。中井さんに伺いました。
■ 課題設定の失敗からスタートした製品づくり
――まずはしゅくだいやる気ペンについて教えてください。
中井 信彦さん(以下 中井):しゅくだいやる気ペンは、小学校低学年の鉛筆を持ち始めた子どもを対象にした、宿題のやる気を引き出すIoT文具です。鉛筆につけてペンを動かすと、その時間の長さに応じて“パワー”がたまってLEDの色が変化します。手元でLEDが光ることで学習時間が可視化されて、即時的なやる気につながります。
連動するアプリ内では、学習時間に応じて、すごろくを進めることができ、その中でアイテムをゲットできます。また、その日の宿題が終わったら保護者のスマートフォンアプリにペンをかざして、水を注ぐようなアクションで“パワー”を転送します。最初に手に入るアイテムは身近な文具から始まりますが、ステージが進むにつれて、家で飼っている犬や猫、そして世界遺産や恐竜など、だんだんと自分の身の回りから離れた遠い世界のものがゲットできるようになっていて、宿題を頑張ったパワーで世界を広げていくことができます。
https://www.kokuyo.com/stationery/series/yarukipen/
初めは「光るペン」や「すごろくが楽しい」といった外発的な動機から宿題に取り組むようになり、そこから親子の会話がはずむようになると、最終的には内発的な動機で勉強できるようになる。そういった全体設計になっているのが魅力です。
――しゅくだいやる気ペンのアイデアはどのように生まれたのですか?
中井:10年ほど前、「IoT文具を作ろう」という発想から始まり、どの文具をIoT化すると意味があるのかを社内でディスカッションしました。
コクヨは1万点ほどの文具を出していますが、「書く」ことは「人の創造性に影響する価値のある行為だ」という哲学を持っています。そのため、「筆記具につけるIoT文具にしよう」という方向性は意外にも早く決まりました。学校現場のデジタル化が進む中でも、アナログの筆記具を動かすことに価値を見出そうとしたのがコクヨのユニークな点です。
ただ、最初はやる気を引き出すペンではなく、「子どもの学習見守りツール」としてのIoTペンを考えていました。この方向性で試作機までいくつか制作したものの、結局は社会のニーズに応えられていなかったことに気づき、一度プロジェクトは中断となりました。
――実際の世の中のニーズはどのようなものだと捉えたのでしょうか?
中井:私たちは、当初、共働きで子どもとの時間の確保が難しくなっている家庭が増え、さらに子どもの学習時間自体も増加傾向にあることに着目し、「子どもの学習を見守るのが難しい」という保護者の課題を解決するためのIoTペンを構想しました。会社など遠隔地からでも子どもの宿題の様子を確認できるツールとして想定していたのです。1年間、議論や試作を繰り返し、「世界初のIoTペン」として発表できるのではないかと期待を膨らませていました。
しかし、いざ製品化の稟議を上げるために、子どもを持つ親にアンケートを取ったところ、ほとんどが現状すでに「子どもの学習を見守れている」と回答したのです。この時私たちは、社会課題を都合のいいように捉えて、誰も欲しくない製品を作ろうとしていたことに気づかされました。非常に悔しかったですね。
――そこからどのように方向転換したのですか?
中井:自分の子どもも当時小学1年生で、書くことが苦手でした。その経験から「子どもの書く行為を応援することに可能性がありそうだ」という予感は持ち続けていました。
しかし、前回と同じプロセスで企画を考えたら同じ失敗を繰り返すと思い、商品開発のプロセスを変えるための研究をしたのです。その中で某書籍にあった「『気づいていない訪問者』が『ビジネスモデル(商品・サービス)』を通ることで『幸せな顧客』になる」というシンプルな図に衝撃を受けました。
すべてのビジネスモデルは、その商品・サービスに気づいてない訪問者が、そのビジネスモデルを通った(享受した)後に幸せな顧客になることを目的としています。ところが、私はそれまで「幸せな顧客」について考えたことがなかったのです。いつも「誰が買ってくれるか・使ってくれるか」ばかり考えていて、非常に重要なパーツを見逃していたことに気がつきました。
そこから、ユーザーが実際に何に困っているのか、何を望んでいるのかを把握するために、周りの人たちに子どもの宿題シーンを動画で撮ってもらいました。30人くらいの家庭の動画を集めたのですが、集中力が続かない子どもに対してお母さんが声をかけ続けたり、子どもの好きなものでオリジナルの教材を作ったりして工夫している様子が見られました。そこでやっと、保護者の「子どもの学びに深く関わりたい」という心理に気づくことができたのです。多くの保護者は「子どもの学びに寄り添いたい」「他の人に任せたくない(任せられない)」と思っています。仕事から帰ってきた時に「頑張ったね」と声をかけて、子どもとのコミュニケーションを深めたいというのが実際のニーズだったのです。
このニーズをつかんだところから、子どものやる気を引き出す「しゅくだいやる気ペン」の方向性が決まりました。経営層に集めた宿題の様子の動画を見せると、「こんなに毎日大変なのか」と課題を理解してくれて、プロジェクト化することができました。
■ “ゲーム”ではなく“コミュニケーションツール”として設計
――具体的なペンやアプリの設計はどのように進めましたか?
中井:実はコクヨには小学生向けのアイテムがほとんどなく、開発の経験値はゼロ。自分たちで手探りで開発していったので、試行錯誤の連続になりました。光るペンとアプリが連動する簡単な試作品を作り、子どもに試してもらったところ、笑顔になったんです。そこで手ごたえを感じて、テーマに共感してくれる仲間を草の根レベルで集めていきました。
また、開発段階からユーザーを巻き込む開発を目指しました。たとえば、製品化決定前から開発着手のプレスリリースを打ち、世の中の反応を見ることを意識しました。これは、最初の「見守りペン」の議論が社内に閉じていたことで、誤った方向に進んでしまった反省を活かしてのことです。
さらに、ユーザー参加型の開発を行いました。クラウドファンディングで支援者を募集して、リターンとして商品の企画会議に参加できる権利を授与したのです。当日はしゅくだいやる気ペンの試作品を実際に触って体験してもらった後、親子に「おとな会議」「こども会議」に分かれてもらい、素直な意見を交わしていただきました。その会議で率直な批判を得られたことで、子どもが自ら「やりたい」と思える体験設計を作れたと思います。
――では、子どもたちが「宿題をやりたい」と思えるような、体験設計のポイントは何でしょうか?
中井:企画会議に参加いただいた保護者の方に、「これでは2日で飽きる」と言われたんです。当時のプロトタイプのアプリでは、ペンを動かした時間に応じてリンゴやパイナップルが出てくる演出にしていましたが、これでは子どものやる気は続かない。そこで、「子どもが飽きずに続けられるセオリー」を見つけるためにさまざまな方法を試しました。アプリを開発するとコストがかかるので、紙のプロトタイプで試行錯誤しました。
宿題をやった分だけスタンプが溜まる、という仕組みでは3日で飽きてしまったのですが、やった分だけマスを進めるすごろく形式にしたところ、子どもの食いつきが変わりました。すごろくにするだけで、宿題が終わってもドリルを引っ張り出して取り組むなど、大きく子どもの行動が変化したのです。
「ごほうびマス」を設定したことも上手くいきました。親子で話し合って「このマスまで進めたらお菓子を買う」「水族館に行く」などの特典を決めて、それを目標に学習を頑張るという仕組みで、親子のコミュニケーションを促したのです。これをそのままアプリに落とし込み「書きたくなる・ほめたくなる」体験設計を実現しました。
しゅくだいやる気ペンは、IoT文具でありながら、遠隔からアプリで操作する機能はありません。宿題が終わったら、必ず子どもがペンを保護者のところに持って行って、アプリ上で「水を注ぐ」というアクションが必要です。子どもと保護者をリアルに出会わせることで「今日はこんなにやったよ」と、子どもが親に胸を張れるシーンをあえて作っているんです。あくまでも学習の可視化だけではなく、コミュニケーションツールであることを重視しました。
――しゅくだいやる気ペンは、現時点でどのような成果が得られているのでしょうか?
中井:定量的には、売上台数が6万台を突破し、非常に好評です。NPS(Net Promoter Score / ユーザーが周りに薦めたいという推奨度)が+19.0とかなり高い点も特徴です。また、しゅくだいやる気ペンを使った80%の方が「習慣化できた」、商品を卒業した95%の方が「使ってよかった」と話してくれています。保護者の方は子どもへの声がけがネガティブなものからポジティブなものへと変わり、「今日はどんなアイテムが出た?」と親子で話すことが毎日の楽しみとなったという喜びの声も多数いただいています。
■ ゲーミフィケーションの可能性と今後の展望
――Gamification Award 2025を受賞し、改めて製品を振り返ってみていかがでしょうか?
中井:開発当時、「ゲーミフィケーション」という言葉は意識していませんでした。ゲームではなくコミュニケーションツールだと考えて開発していたので、受賞した際も「これをゲーミフィケーションと言っていいのかな」と少し戸惑いました。たとえゲーミフィケーションという言葉や手法がなかったとしても、人との関係性をきっかけにやる気を引き出したり、よりよい体験を生んだりすることは可能だと思います。むしろ、最初からゲーミフィケーションを手法として活用しようとすると、無理に「楽しい体験づくり」にしてしまう気がします。大切なのは、実際にユーザーと話して感じられる肌感覚や、ユーザーインタビューで言葉になりきらない悩みや苦しみです。そして、それらを開発者がゼロから発見するプロセスこそが重要だと思うんです。
たまに、ユーザーではなく上司や売上に向き合ってしまっている企画が見られますが、それでは価値のある体験作りはできません。「上司がこう言っているから」「会社の方針だから」と企画を修正しているようでは、ユーザーに本気で共感できていないのだと思います。自分が「この人たちを何とかしてあげたい」という気持ちが本気であれば、顧客が幸せになるためにどんな試行錯誤もできるはずです。そこまで突き詰めるためには、深いユーザー理解しかないと思います。
――まずは何よりもユーザーに向き合うことが大事ということですね。その後、商品開発の際には、どのような考え方が重要になると考えていますか?
中井:私たちは、ユーザーの課題から解決後までのストーリーを描く「4コマアイデア発想法」というフレームを使っています。
①何が問題で、②③どうやって解決して、④その結果どうなった、という流れを4コマで表現したものです。ものづくりをしている企業では②③の解決策については熱く語れるものの、④の「製品を使ったあとの姿」が描けていないケースが多くあります。④には商品こそ出てきませんが、このコマでユーザーたちがどんな顔で、どんな言葉を発しているのかまで考えることが重要です。それが、幸せな顧客を解像度高く捉えることにつながります。また、①と④のギャップが大事です。ギャップが大きいほど、②③の解決策=商品が与える影響が大きいということだからです。
しゅくだいやる気ペンで言えば、最後のコマが、子どもが一人で取組み「宿題終わったよ!」と知らせてくれる様子なのか、保護者が毎日「すごいね!」と褒める様子なのかによって、顧客の反応が大きく異なりました。
しゅくだいやる気ペンは、③で親子の対面でのコミュニケーションを促進する機能を追加したことで、さらに顧客の幸せを大きくすることができました。
――「しゅくだいやる気ペン」の次の展開として、大人向けの「大人のやる気ペン」も発売されていますよね。
中井:しゅくだいやる気ペンをリリースして3年目のころに、Amazonの商品ページに大人が使っているというコメントが付きました。また「大人用のやる気ペンを希望します」というコメントに、148件ものいいねが付いていました。想定ターゲットではなかったのですが、ニーズがあるかもしれないと思い、「学習する大人」たちにデプスインタビューを行いました。すると、難しい資格試験の勉強をしている大人たちも「最初の10分がつらい」「毎日机に向かうのがつらい」といった「習慣化」の悩みを抱えていることがわかりました。1万人にアンケートしてみたところ、資格試験に取り組む人は多いが、7割が諦めてしまうというデータが得られました。
加えて、子どもと違ってそれぞれが異なる理由・事情で勉強していること、誰も叱ってくれないので孤独を感じやすいこと、日々成長していないと不安であること、といったインサイトも掴むことができました。
そこで、「わかっているのにまた続けられなかった」といった挫折を経験している大人にターゲットを絞り、孤独な大人の学習に寄り添うサービスを設計しました。
大人のやる気ペンでも、パワーがたまってすごろくを進められるのは、しゅくだいやる気ペンと同様です。大人向けの場合は、すごろくが進むと他のユーザーのアバターに出会います。そこにプロフィールカードがついていて、おすすめの本や推し、勉強のコツ、なぜ勉強するのか……といった内容が書かれています。これを読むことで「今日も頑張っているのは自分一人じゃないんだな」と感じて、やる気の連鎖が生まれていく設計にしています。
――最後に、教育や文具の領域において、ゲーミフィケーションは今後どのような可能性を持っていると思われますか?
中井:最近は社内でも違う分野の方から「ゲーミフィケーションを取り入れたいがどうしたらいいか」といった相談を受けることがあり、できるだけ自分たちのノウハウは共有したいと考えています。私たちは技術としてのゲーミフィケーションから入っているわけではないので、相談に答えるのは簡単ではありません。しかし、ユーザーに向き合ってインサイトを深掘りし、「幸せな顧客を増やしたい」と本気で思った先で、よりよい体験を促すためのゲーミフィケーションは大事だと思うんです。
なので、今後は「やる気ペン」以外の文具や、はたまた文具以外のサービスにも展開していけたらと考えています。
記載されている会社名、製品名は、各社の登録商標または商標です。
本文書に記載している情報は、公開日時点のものです。
■ Gamification Award 2026 について
『Gamification Award』は、ゲーミフィケーションを活用した優れた取り組みを行った企業・団体を表彰する年間アワードです。第2回となる今回は、2025年10月〜2026年6月に実施・発信された取り組みに加え、公募(エントリー制)によって寄せられた事例も対象とします。集まった取り組みの中から、審査委員が総合的に評価し、4つの視点において卓越した活用実績を示した取り組みを表彰します。
